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2013年4月27日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 74

  赤レンガ造りの家

 高知市郊外の朝倉の地に住んで20余年になる。
 まだ田圃があちこちに拡がり、蛍が庭先にも飛んできたりした。やがて退職し、これらの風景を楽しみながらよく散歩したものである。
 自宅から歩いて20分程の、小川のほとりに大きな赤レンガ造りの蔵を持つ家があり、その鮮やかな赤色が眼を惹いていた。
 その時分『高知新聞』に、「すまい散歩・土佐近代建築考」シリーズの連載があった。それの「赤レンガの蔵」、「県内では一級の建物、戦前から異彩を放つ」というタイトルを付けた記事があり、それを大事に保存している。
 〈県内に残る洋風建築の中でも白眉である。赤れんがで覆われた外観の美しさ、装飾の見事さ、どれをとっても県内では第一級と云って差し支えない〉と紹介している。
 当時、高知銀行役員であった伊野部重見氏によれば、祖父の重明さんが大正元年に建てたもので〈大阪の造幣局を造った余りのれんがを持ってきて建てたようですね。質のよいれんがであったようで、今も色があせていない〉と証言している。この建物は〈単にれんがを積み上げたものではなく、どの方角から見ても、さまざまの意匠を凝らしている〉とか、〈正面の入口。アーチ状の小屋根に組み方を変えたれんがのデザインの妙、蔵の入口というよりはこのまま住まいの玄関としても通用する〉、〈横側を回れば窓の造形にも工夫が見られるし、屋根の左右の装飾は見事の一語に尽きる〉など。
 母屋の方は、戦後に建て直したものであるが、こちらも一見の価値がある。と、高知建築探偵団のメンバーが高く評価したという。
 みどり豊かな田園風景の中に、色鮮やかな赤レンガの蔵は今も輝いている。

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