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2013年4月19日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 73

 岡山の桃太郎伝説(2)

 桃太郎は、なぜ「桃太郎」と名付けられたのだろうか。
 湯浅浩史著『植物と行事』によると、桃には大きな力があると、指摘されている。〈中国では古代、3月に桃花水を飲んで穢れを払った。桃花水とは、桃の花の流れる川の水である。後にそれが(略)3月3日の節句に特定された(略)中国では6世紀の『前楚歳時記』に記す(略)「桃花が鬼を憎み、穢れをはらう」〉とあるという。
 日本でも『古事記』や『日本書紀』にイザナギノミコトが桃の実で、鬼や雷神を退散させる話がある。また、〈『枕草子』には正月の卯槌にするためにモモの枝を切り取る記述がある〉と紹介している。
 桃太郎伝説に欠かせないものに、桃太郎の下で活躍したイヌ・サル・キジがいる。
 吉備津神社の随神として犬飼命が居り、軍用犬部隊を組織していたという。戦前、首相を務めた犬養毅はその末裔だと伝えられる。サルは、楽々森(ササモリ)命、キジは留玉臣だといわれ、随臣として祀られている。
 同神社では、御煤払の儀式にはヤマドリの尾羽を用いることになっている。鳥飼部という集団にも繋がっているとも、いわれる。 
 これをふまえて、イヌが仁、サルは智恵、キジが勇を表すという説もある。
 神社では、狛犬や鳥の土人形が売られている。狛犬は盗賊・火難よけ、野獣よけ、子どもの夜泣きなど。鳥は食事の時、喉につまらないように、膳の上におく。
 吉備地方で桃太郎伝説が生まれたのは、何故だろうか。その歴史的背景を倉敷考古館長・間壁忠彦氏は、〈備前・備中・備後の一宮でともに吉備津彦を祀っているのも吉備の王としてのイメージが残っていたからにほかならない。6〜7世紀の大和朝の強引な中央集権化で、天下りの神を祀らせようとしたのかもしれないが(略)古代吉備の人々が自分たちの誇りの中に作り上げた英雄臣であったのではなかろうか〉との説を述べている。
Dscf1972


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