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2013年4月12日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 72 

 岡山の桃太郎伝説(1)

 桃の節句・3月3日は、春未だ浅く桃の花はかたいつぼみである。高知市では、3月中・下旬になると桃の花が満開になる。
 桃といえば、「桃から生まれた桃太郎」伝説が有名である。
 愛知県犬山城へ行った折、駅近くに「桃太郎神社」があった。ここでは、子供の守り神として信仰されている。神社に近い木曽川水系の可児川支流には、鬼ヶ島があると伝えられている。
 調べてみると、北海道から沖縄まで26ヶ所の伝承地があり、桃太郎伝説の拡がりに驚く。
 なかでも有名な伝承地は、何といっても「岡山」である。
 昨年、高知市文化協会主催の「桃太郎・備中まほろばの里」の史跡巡りを案内した。
 古代・吉備国の総鎮守である吉備津神社の祭神は、桃太郎のモデルとされる大吉備津彦命である。神社の本殿と拝殿が国宝に指定されている。
 安芸国・宮島の厳島神社と並ぶ山陽道屈指の古社である。『日本書紀』によると、吉備津彦命が温羅(うら)討伐をおこなったという。
 温羅は人びとに「鬼神」と呼ばれ、「鬼ノ城」を構えて暴れていた。激しい戦いの末、温羅は降伏した。吉備津彦命は、温羅の首をはね、さらした。首は、何年たっても大声を発して鳴り止まない。命は、釜殿の下に埋めた。これが神社の御釜殿(国重文)の神事の始まりである。これは、江戸時代の上田秋成の『雨月物語』の有名な話につながる。
 「桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけたきびだんご 1つわたしに下さいな…」と、文部省唱歌で子どもたちに愛唱された。
 古代吉備国は、黍の産地であった。団子にすると黍餅といわれた。神社の直会(なおらい)で、その団子を食べる風習が生まれた。それが一般に広まり、岡山の名物になった。
 『福を呼ぶ寺社事典』(講談社)の「吉備津神社」の条によると、〈この神さまは、吉備国の功労の神、その経営能力は、吉備国を一大国家にした程である。だから、その経営能力にあやかってみたいと、いまでは財界人の信仰もあつく(略)商売繁盛の神さまとして、もっぱらの評判をよんでいる〉とある。
Scf1939


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