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2013年3月 1日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 66

 宇宙からの贈り物

 先日2月16日付『高知新聞』に、「露に隕石1,000人負傷 南部ウラル地方 3回爆発し落下 衝撃ガラス割る」との大見出しをつけたニュースが出た。その後も続々と、被害の大きさを紹介した記事が世界中の人びとを驚かせた。
 翌日の『高知新聞』第一面のトップで、「露隕石落下 邦人ら証言〈この世の終わり来た〉」との見出しの記事が掲載された。ウラル地方チェリャビスクにいた日本人の大学教官や地元専門学校の生徒たちの証言が記事になった。中には、広島や長崎の原爆のことが思い出され、〈核戦争の始まりかと思った。原爆は、最初強い光を発したと習ったから〉などの証言も紹介している。

 昔、高知県にも隕石の落下が2度あった。この機会に紹介しよう。岡村啓一郎著『土佐天文散歩』(高知新聞社刊)の「宇宙からの贈り物」の条によると、〈在所隕石〉と高知市の〈高知隕石〉があるという。 
 前者は、明治31年2月1日香北町朴の木(現・香美市)の山中岩太郎氏宅の庭に落下した。岡村氏の著書によると、〈午前5時ごろ、南東の空に大きな火の玉が現れ、4分くらいして大轟音がとどろき、雨上がりの水のたまっていた庭先に大きな穴をうがって落下しました。砂煙と湯煙が家に当ったそうです。山中さんは穴の中にあった石を「天降石」として、庭に祠を建ててお祭りしていました〉と、述べている、この隕石の大きさは6.9cmと5.7cm、重量は330gであった。さらに、〈落下の轟音は、遠く岡山県辺りまで聞こえたといいます。はじめ大きな塊であったものが上空で大爆発して隕石のシャワーとなり、そのうちの一つがこの家に落ちたのかもしれません〉という。以前に、この地を訪問した折、庭先の落下地に記念碑が建立されていた。
 なお、安芸市出身の五藤光学の五藤斉三氏が、昭和12年に買い取っている。
 『高知県の指定文化財』(高知県教委)によると、〈昭和24年11月20日20時ごろ、桟橋通りの小松克次宅の窓ガラスに径3.4cmのまん丸い穴をあけて突入し、囲碁中の小松さんのそばに落下し畳を薄く焦がした。刑事であった小松さんは(略)翌日高知大学沢村武雄教授に研究を依頼した(略)登録隕石としては、日本31番目(略)石鉄隕石としては我が国4番目。香北町の在所隕石もこの4個のうち1個である〉と、いう。なお、この隕石は昭和28年に高知県の天然記念物に指定されている。
写真は、岡村啓一郎著「土佐天文散歩」から
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