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2013年1月13日 (日)

広谷喜十郎の歴史散歩 59

  同志社の新島襄と土佐

 本年のNHK大河テレビドラマ「八重の桜」は、会津藩士・砲術師範の娘である八重が主人公である。
 会津鶴ヶ城攻防戦役でスペンサー銃を手に、男装で鉄砲隊を指揮したことで知られ、「幕末のジャンヌ・ダルグ」と呼ばれた山本(新島)八重の活躍ぶりが描かれている。
 この戦いでは、後に同志社総長になる片岡健吉や板垣退助らの土佐軍を相手に銃火を交えたことになる。
 このハチキン的で元気な八重は、維新後にアメリカ帰りの新島襄の妻となる。そして、日清・日露戦争では従軍看護婦をつとめ、「日本のナイチンゲール」と呼ばれるほどの行動力が評価され、皇族以外の女性で初めての叙勲を受けている。
 新島は〈彼女は見た目はハンサムではありません。ただやることが非常にハンサムなので(略)〉と述べている。
 ここでは、新島襄と土佐との深い繋がりを紹介したい。
 坂本龍馬の父・八平は、高知城下郊外の潮江村の郷士・山本家から養子に来ている。その八平の兄の長男は、山本数馬(沢辺琢磨)である。
 数馬は、武術修行のため江戸へ上る。ある日、泥酔して他人の懐中時計を入質してしまい、罪に問われる。
 江戸にいた龍馬や親戚筋の武市瑞山の計らいで、切腹を免れ、逃亡した。彼は、前島密(後の郵便制度の創設者)と新潟で知り合う。前島の勧めで北海道の函館に剣術道場を開設し、神官の養子に迎えられ、沢辺と改姓する。
 ロシア正教のニコライ神父が、函館を訪れたときに刺殺しようとする。逆に、説得され熱心な信者となる。この頃、アメリカへ密航したいとの意向を持つ青年が沢辺に接触し、援助を求めた。  
 この青年が、新島襄である。彼は、北海道へ渡る前、土佐の中浜万次郎に英語の教えを受けていた。沢辺らの協力を得て、アメリカへ旅立った。
 龍馬によって沢辺の命が救われ、その沢辺が万次郎ゆかりの人物・新島のアメリカ渡航を助ける。
 『同志社山脈』(晃洋書房)によると、土佐市出身の西原清東が4代目の総長になり、高知市出身の片岡健吉が5代目を務めている。
 10年ほど前、沢辺琢磨とニコライ上人の繋がりを求めて、函館正ハリストス教会(重文)を訪ねたことがある。
Dscf1878


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