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2013年1月 5日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 58

 正月の大福茶を飲む

 以前、旧暦の4月8日の「花まつり」に新茶を摘んでおき、翌年の正月に飲む茶のことを「大福茶」というと、紹介した。
 『吾北村史』にも、〈若水迎えで邪気を払い、福の願いを込めて茶を飲む。これを大福茶といわれていた〉とある。この大福茶をいの町吾北地区小川にある国友農園では復活させて話題を呼んでいる。
 昨年10月に高知県の奥地にある池川町椿山地区を訪ねた。ここで、90歳を超えても元気なお婆さんに出会った。
 『池川町誌』では、4月8日の〈この日初めて茶を摘み、初茶・八日茶などと呼んで正月に使う家もある〉とある。この茶について尋ねてみた。今でも元旦には、若水迎えの行事をおこない、前年の「花まつり」の時期に摘んでおいた福茶を飲むとのことである。
 また、普段飲む茶も、昔ながらの釜入れ製法のものであるという。豊かな香りを残した山茶を作りは、だんだん数少なくなっている。貴重な存在である。
 なお、池川町内には、近代的な立派な製茶工場がある。其処へ持って行きませんかと尋ねると、生茶40キロ以上まとまらないと、取りに来てくれないと言う。此の地区の限界集落の厳しさの現実に、直面しているのである。それでも、お婆ちゃんたちの元気さに圧倒される。
 この日、池川町の隣・仁淀川町下名野川地区の「山村自然楽校・しもな郷」という施設へも行った。この地区は、江戸時代に藩庁が最高の値段で買い上げた銘茶の里である。施設長の中西二三氏に尋ねると、いまでも釜入れ茶を作っている家が少数はあると教えられた。機会を見てそこを訪ねたいと思っている。
 ネットで調べると、〈出雲地方では、この12月20日あたりからお茶屋さんの店頭に「大福茶」が並び始めます。お正月の「おめでたいお茶」として、抹茶を始め、煎茶、梅干と結んだ塩昆布の付いた番茶など、いろいろな種類が「大福茶」として店先を明るくにぎやかにします(中村茶舗)〉と、あった。
Dscf1873


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