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2013年1月 1日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 57

  蛇の目傘

 新年おめでとうございます。
 今年の年賀状は、歌舞伎・助六で蛇の目傘を持ち、出端で見栄を切るシーン・それも片岡仁左衛門丈の孝夫時代の初役の写真を使わせていただいた。
 井本栄一著『十二支動物の話』(法政大学出版局)「蛇の話」に蛇の目についての記述がある。〈蛇の目は瞼がないので動かない。ある種の冷たさがあり、古くから人びとの注目をひいたようである。日本では、蛇の目文様として表象される。その起源はそれほど古いものではなさそうであるが、家紋にも採用されるように、別に忌み嫌われるものではなかった様である。蛇は口を閉じたまま、先端が二股になった長い舌を出し、獲物に対して急激に襲いかかる。このような、静と動の習性は、目の魅力と皮の美しい模様(略)蛇に独特の地位を与えたようである(略)人びとはある種の恐れと尊敬を感じとった〉。
 『広辞苑』(岩波書店)の「蛇の目傘」の項では、〈中心部と周辺部とを黒・紺・赤色などに塗り、中を白くして蛇の目の形を表わした傘(略)元禄時代から使用〉とある。
 吉野裕子著『十二支』(人文書院)の「巳」の条によると、〈世界各原始民族は蛇を祖先神として崇拝した(略)(生命の源)、脱皮による生命の更新(永遠の生命体)、一撃にして的を倒す毒の強さ(無敵の強さ)〉をあげ、〈エジプトにおこるといわれるこの蛇信仰は東西に延びて東はインド、極東、太平洋諸島を経て(略)この伝播の道程に日本列島も含まれるから、日本に蛇信仰が顕著なのは当然のことである〉と、述べている。蛇のもつ高貴性、脱皮による進化性、或いは突進性にあやかりたいと蛇信仰が根強く浸透しているのであろう。
 今年も1歩でも前進したいものである。
 
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