« 広谷喜十郎の歴史散歩 47 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 48 (おわび) »

2012年11月 1日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 48

 「吉備大臣入唐絵巻」を見学

 10月中旬に、名古屋ボストン美術館で「日本美術の至宝展」を見学した。
 アメリカの本館が所蔵している10万点余もある日本美術作品の中から、幻の国宝と言われる曾我蕭白の最高傑作の「雲龍図」、「吉備大臣入唐絵巻」など大型作品数点を含め、史上最大規模の展示である。老体にとってなかなか体力を消耗する鑑賞であった。
 これらの作品は、明治時代初期、日本文化に興味を持ったアメリカ人・モース(動物学者/大森貝塚の発見者)らにより、収集されたものである。
 私は、岡山出身の吉備真備をモデルにした、長尺の「吉備大臣入唐絵巻」に興味を持った。前回の展示では、遣唐使の真備が入唐する迄が中心であった。(名古屋では、前・後期に分けての展示)今回は、真備が〈唐人から出される難読書『文選』を読む場面や囲碁名人の勝負を見事クリアする名場面が繰り広げます。真備たちが正座をして空を飛ぶ姿や「文選」の試験問題を盗み聞きする様子などユーモラスな表現が目を引きます〉というものである。この絵巻の内容は、一種の怪奇的に描写されたもの。劇画・漫画のハシリ?
 真備は入唐するとすぐ、高床の楼上に幽閉される。それを鬼(安倍仲麿呂の化身)に救い出され、空を飛び唐の宮殿へ行く。鬼の助けで一夜にして、試験問題のやり取りを理解することが出来た。さらに、碁のやり方を知らない真備に勝負を挑んできた。これまた、鬼の力で相手に勝つことが出来、驚かせた。
 当時の唐人は、日本人を馬鹿にしていたのだろう。ところが、真備のような優れた人物がいたことを物語っている。

 このボストン美術館のコレクションに、多大な協力をしたのは、岡倉天心である。廃仏毀釈の風潮や不況下の日本で、たくさんの美術品がアメリカへ渡った。天心の弟子・富田幸次郎は(現・高知県安芸市出身)10代の時から、半世紀以上ボストン美術館に在籍した。「国賊」とののしられながらも、この「吉備大臣入唐絵巻」をも戦災から守ったと言えるだろう。

 この展覧会を鑑賞した後すぐに、高知市文化協会の史跡巡りで、岡山方面を案内した。真備ゆかりの「まきび公園」を訪ねた。ここは、〈門窓、円形の開窓から望む六角亭、中の池、下の池などさながらに中国にいるような雰囲気のする公園〉であった。
 これは昭和62年春、中国西安市に、真備の記念碑が建立されたのを記念して、作られた公園である。ここにも中国にある記念碑と同様ものが建立されている。ここの近くに、真備が考え出したという「アイウエ」の碑も建てられていて、印象深い。ここの敷地内に、中国風 に建築された「まきび記念館」があり、中央政界で活躍した真備の業績を讃えた資料が展示されていた。

/Users/hirotanimasako/Desktop/DSCF1802 - バージョン 2.JPGDscf1802_2_2


« 広谷喜十郎の歴史散歩 47 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 48 (おわび) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

ありがとうございました。楽しく拝見させていただいております。膨大なため、じっくり勉強させていただきます。  お身体、ご自愛ください。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/56018683

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 48:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 47 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 48 (おわび) »