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2012年10月18日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 46

水産物を信仰する漁民(2)

 奈良時代の中央政府が、713年にまとめた『風土記』によると、海洋伝説の女王・神功皇后が土佐に来国された。その折、浦戸湾内にある小島に下り、磯辺で休息された。
 其処で、光明を放ち輝いている卵形の白い石を見つけた。「これは、海神の贈り物の白真珠」だ、大いに喜んだと言う。これに因り、この島は「玉島」と名付けられた。
 高知市の高知八幡宮の境内には、不思議な釣船大明神を祀る「釣船神社」がある。「キスゴさま」の愛称で呼ばれ、昔から熱病退散の霊験あらたかで、熱冷ましの祈願に参拝する人が多い。「ごりやく」があった場合には、キスゴの絵馬を奉納する風習があるという。また、受験生が風邪をひかぬように、ベストコンデイションで受験出来ますように、と参拝する人が多い。絵馬掛けには、沢山の絵馬が奉納されている。

 中土佐町にある久礼八幡宮の前の浜辺に大きな「鰹感謝供養碑」が建てられている。正面には、漫画『土佐の一本釣り』の作者青柳裕介氏が揮毫した文字が刻記され、裏面には碑の由来やカツオへの感謝の言葉を記した陶板が貼られている。
 四万十川の河口西岸には、フカ(鱶)が御神体の水戸柱神社がある。この神社の氏子は、海運業に関する船主と荷主であるという。氏子達は、決してフカを獲らない。フカを見ると「水戸柱」と言う。
 昔、下田浦の漁師が海難に遭遇した折、水戸柱の神に祈ったところ、たちまち大きなフカが現われ、その導きで無事に帰港出来たと伝えられている。
 徳島県牟岐町に、四国霊場番外札所・鯖大師がある。大きな鯖の石像が有ったのが印象深い。
 昔、馬子が塩鯖を積んで運んでいた。通りすがりの僧侶が求めたが、馬子はそれを断った。すると、馬が急に苦しみ出した。馬子は、恐れおののいて鯖を差し出すと、馬は元気になった。それに、塩鯖が生き返って沖を目指して泳いでいったと、言う。

 日本人は魚食民族なので、海の幸を頂いてきたという感謝の気持が、供養碑の建立などに表れているし、神仏の信仰でもある。
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コメント

広川先生
10月6日の椿山、名野川、お忙しい中ありがとうございました。
ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
あれから四万十町、梼原と巡って高知市に戻り、直行バスで京都、奈良と巡って、神奈川の自宅に戻ったのは10月10日でした。その後、こまごまと溜めてしまった仕事を片付けて....
旧暦の4月8日はお釈迦様の誕生日なんだそうですね。先生が話されていた椿山のおばあちゃんの4月8日の茶摘みのお茶のこと、とても心に残っています。
重ねまして、ありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。

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