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2012年8月29日 (水)

広谷喜十郎の歴史散歩 38

 土佐神社の夏祭りと船遊び行事

 古代から浦戸湾の最北部にあると佐神社は、土佐国の総鎮守としての神が祀られている。この神社の東側に、高さ1・8m、周囲約5mの「つぶて石」という大岩がある。
 これは、遠く離れた須崎市の浦ノ内湾の最奥部にある「土佐の宮島」といわれる「鳴無神社」にあったものという。大昔、神の意志により土佐神社まで飛ばされてきたという。
 昔は、8月の土佐神社の祭礼(志那祢祭)では、神の御神幸が鳴無神社まで船でやって来て、華やかな「御船遊び」の行事をしていた。
 今は、この行事は途絶えて、鳴無神社のみで行われている。
 高知新聞(8月26日付)に、「お船遊び湾彩る」、「須崎市鳴無神社で志なね祭」という表題を付けた記事が収録されている。〈24日の宵祭りでは神社と対岸を結ぶ船が特別に運航され、住民らが、色とりどりのちょうちんがともされた夜の湾を渡って参拝した〉と、紹介している。25日には〈大漁旗を掲げた漁船3隻を横につなぎ、中央にやぐらを建てた「御座船」にみこしを担ぎ入れ(略)神社前から出船、2カ所に設けた「お旅所」に立ち寄りながら湾内を巡った〉という。
 一方、土佐神社の志那祢祭の宵祭りも24日に行われた。高知新聞(8月25日付)の記事で、「神聖な火で無病息災」と表題を付けて、〈大勢の参拝客が「おたいまつ」と呼ばれる松の板をかがり火にかざし、無病息災を祈った。(略)かがり火で焦がしたおたいまつを自宅の神棚に掲げておけば、無病息災、家内安全に恵まれるとされる〉と紹介されている。
 かつての浦戸湾と浦ノ内湾を結ぶ「御船遊び」の行事を復活させてもらいたいものである。古代の海洋文化のロマンを物語る両湾内は、数多くの史跡にも恵まれている。観光コースとして考えても良さそうだ。/Users/hirotanimasako/Desktop/DSCF1653 - バージョン 3.JPG

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