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2012年8月 1日 (水)

広谷喜十郎の歴史散歩 34 

シットロト踊りと猿のお守り

 本年7月29日付『高知新聞』に、室戸市の「豊漁願いシットロト踊り」の記事が紹介された。
 この踊りは、〈江戸時代中期から伝わる民俗芸能で(略)旧暦の6月10日に奉納。色鮮やかな花がさには「難を去る」という願いが込められた猿のお守りが付けられている〉という。これは海難除けを祈願して始まったと思われる。     
 以前、奈良市の猿沢池近くの奈良町を訪ねたことがある。ミニ博物館・美術館もたくさん有り、奈良文化のルーツを体感できる。この町を歩くと、多くの家の軒先に、赤い身代わり猿(くくり猿)が吊り下げられている。
 この町の中心には「青面金剛立像」を祀る、庚申堂が有る。江戸時代から盛んになった「庚申講」は、現在にも受け継がれている。庚申堂にも、沢山の身代わり猿が吊るされている。災難や病気が家の中に入らないためのお守りである。この堂の屋根の上にも3匹の猿像が取り付けられている。
 奈良の観光パンフレットによると、〈中国に伝わる風習に、庚申の日には三尸(シ)という体内の3匹の虫が抜け出し、天帝に罪の告げ口をすると命を縮めるというのがある。人々は、虫が抜け出さないよう徹夜で飲食。運悪く告げ口されても身代わり猿が守ってくれる〉と紹介されている。
 『日本俗信辞典』(角川書店)の「猿」の項を見る。〈サルは庚申様のお使いめというのが常識だが、徳島県海部郡宍喰町では、庚申さんにお願いすれば失せ物が出る〉。〈猿は魔除けになる。馬小屋の前にサルの面を貼っておくと、病気にならぬ〉。〈馬が途中で歩かなかった時は、「天竺のオロが谷からホイ(猿)が曵き出す鹿毛の駒、われも行くからオロも行こうぞホイホイ」と言うと、歩き出すという。オロはウマのことだと説明されている(高知)〉。〈山の幸を享受しているお礼として、正月に藁で若ザルを作って山へ持って行き、感謝の意を表した〉などが収録されている。
 なお、高知県内で庚申堂があるのは、高知市と香美市土佐山田町である。

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