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2012年7月 3日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 30

  名古屋の黄金のポスト
 
 「尾張名古屋は城でもつ・・」の俗謡で歌われるように、立派な城に金の鯱。それに因んで、金鯱ビール、金鯱・・・と名物が作られている。
 名古屋の町の中心部に、金色のポストがある。上部に何やら乗っている。近づいてみると、説明板がある。これは、現役のポストである。上に座っているのは、御3家筆頭尾張藩7代藩主・徳川宗春公の像である。       
 金色に塗られたポストには、牛の角がついている。その上に座すのが黒い着物・紅のふきが見えている。まるで、眠り狂四郎のような出で立ち。こちらの方がオリジナルであろう。
 宗春公の帽子は、鼈甲製だったとか。白い牛に乗って、城下を巡視したという。その宗春公が、最近暴漢に襲われたようで、ポストの上から消えている。そして、「宗春公は、ただいま鷹狩りに出かけておられます」とある。
 波平さんの毛が抜かれたと同様の事件であろう。こちらのお殿様の御座所には、監視カメラが取り付けられた。
 宗春公は、先進的な思想の持ち主であったようで、将軍・吉宗の緊縮財政に抵抗し、規制緩和政策を取り、消費活動を奨励した。遊郭をつくり、全国から700〜800人の遊女が流れ込んだという。
 それは、問題もあるし賛成は出来ないが、名古屋発展のきっかけにはなったろう。
 彼は、ブレーンを持たなかったことが失政の原因だともいわれる。斬新な発想が見なおされ、中心街のポストの上に御座所が構えられたのであろうか。
 このポストは、現在も現役で郵便ポストのお役目を果たしている。ここは、錦通呉服町でかつての町の繁栄ぶりを偲ぶと共に、町の活性化を祈念してのものである。
 もうそろそろご帰還する(したかも)。

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