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2012年7月 9日 (月)

広谷喜十郎の歴史散歩 31

  ジョン万と高橋由一

 6月11日付の『高知新聞』に、「近代洋画の開拓者」というタイトルで、有名な「鮭」の作品3点がカラー写真で紹介された。これは、東京上野の東京芸大美術館の「高橋由一展」に展示されたものである。
 明治前期を代表する洋画家・高橋由一といえば、重要文化財「鮭」や「花魁」などの作品は、教科書や美術書でおなじみである。
 この高橋由一と土佐人のジョン万(中浜万次郎)と、密接な関係があったことはあまり知られていない。
 ジョン万の子孫である、中浜博著『私のジョン万次郎』(小学館)のなかに、〈明治の初め頃である。熱心に油絵を描いたが未だ名の出ない頃で、絵も売れず衣食にも窮する状態であったので、万次郎は例の義侠心より大いに彼の後援をして、自分で知人たちに事情を説き回り救助金を募ったという〉と述べている。
 この時代は、油絵というものが未だ理解されていなかった。アメリカ帰りのジョン万は、油絵のことをよく承知していた筈である。日本人で最初に、本格的な油絵を描いた高橋由一を応援したいという気持は、自然な気持であったろう。
 以前に、香川県の金刀比羅宮博物館に、高橋由一の作品27点が常設展示されていて、見学に行ったことがある。
 何故、金刀比羅宮に由一の作品があるか。〈明治12年春から初夏にかけて、琴平山博覧会があった。由一は油絵35点出品し、書院の長押にかけられたという。作品は同宮に奉納され、由一は画塾天絵舎の拡張資金を200円受領した。博覧会前後にも数点奉納しているが現存するのは27点である〉(『ことひら』59号)との事情が述べられている。
 由一の作品は、「琴平山遠望」の風景画や「豆腐」等の静物画がある。当時、魚に興味を持っていた時期でもあったので、カツオの「ナマリ節」や鯛などを描いた「海魚図」などその写実性に、しばらく見とれたことを思い出す。また、「桜花図」の優しさにも惹かれたものである。

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