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2012年7月25日 (水)

広谷喜十郎の歴史散歩 33

   ジョン万の母親思い

 ジョン万の息子である 中浜東一郎著『中浜万次郎』(冨山房)の中に、ジョン万がアメリカから日本へ持ち帰った物品の一覧表が記載されている。
 その中には、ゴールドラッシュで得た少しばかりの砂金もあった。それは、江戸幕府に没収されてしまった。ジョン万にしてみれば、1番手元に置きたかったものであったという。これだけは、なんとかして土佐にいる母親の手元に持ち帰りたく、非情に残念がったという。
 そして、ボロボロになった木綿の綿入れを所持していた。これは、万次郎が漂流時代に着ていた着物である。10年間も経っているので、身につけられる状態ではなかった。それをあえて持ち帰ったのは何故か。それは、母親が万次郎の為に縫ったものであったから、母親と思って大切に保存していたのである。
 その後、万延元年(1860)の咸臨丸の太平洋航海では、「通弁主務」として乗り込んでいる。この折、アメリカ土産として写真機とシンガーミシンを購入している。写真機を外国から直接持ち込んだ最初の日本人であり、ミシンを日本に伝えた第1号でもあった。
 彼は、話題づくりとか、金儲けの為を考えたのではない。彼は母親思いの孝行者であった。母親の写真を永く残したい。母の手仕事が少しでも楽になればと、思って購入したと伝えられている。
 このように、ジョン万は、思いやりのある心やさしい人間的魅
力あふれる人物であったようである。
Dscf1593


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