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2012年6月 5日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 26

  土佐カツオの味

  6月1日付『高知新聞(夕刊)』に、「カツオこれぞ究極」・「土佐久礼地元住民だけの味」・「地元住民だけの味」という表題。〈透き通ったカツオの身まさにビリ状態〉という刺身のカラー写真が大きく掲載された。〈現在、土佐清水市・足摺岬沖で盛んに上りガツオが釣れているという。カツオの町、久礼などで“ビリ”や“グビ”と呼ばれるカツオ。陸に近い漁場で捕れ、水揚げして間もない新鮮な魚体。ほとんど地元住民しか味わえない〉という記事が掲載された。更に、〈さばきたての刺身(略)さっきまで生きていた証し。何も付けずに手でつまんで口へ。もっちり、かなりの弾力。身そのものの味がじわり伝わる。まさに究極。しょうゆを付けて次の1切れ。たまらない〉と、新鮮な上りカツオのおいしさを表現している。
 私も同様の体験をしたことを思い出している。
 昭和37年から足摺岬近くの清水高校に赴任していた。漁師町で4年間を過ごした。自炊生活であったから、近所の魚屋で新鮮な魚をよく買い求めた。そこで、生きのよい初カツオのおいしさを味わった。その魚屋は、船を所有していたから、さっき釣り上げたという魚を刺身にしてもらった。今でも、忘れられない味である。
   
 翌年、早大へ半年間内地留学をした。東京で早大界隈や駅前の学生食堂あたりで、時折、魚の刺身を食べたくなった。しかし、土佐清水で食べた魚の記憶は、貧しい学生の舌にも残っていた。
 俳人・其角の句に「初鰹1両迄は買う気なり」がある。毎日新聞社編『雑学事典』によると、〈1両といえば今のカネになおすと約三万五千円〉だという。江戸の庶民とっては初ガツオの味は縁遠いものであっただろう。
 このような経験から、土佐のカツオの刺身に恩返しをしたい気持になった。
 それから、「土佐の漁業史」をまとめておきたい気持が強くなった。その後、機会あるごとに、漁業史をテーマに書いて来た。そして、中土佐町でカツオ資料館を作ろうとの動きの中で、『土佐カツオ漁業史』をまとめることになり、「考古〜近世編」を担当し書くことが出来た。
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