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2012年6月24日 (日)

広谷喜十郎の歴史散歩 29

  石船さまとタナバタ
 数年前、タナバタの日に、香南市東川地区で「天降った石船の里に集う会」があり、話をする機会があった。
 古代の中央政府の『延喜式』に「天忍穂別神社」が記録されている。この神の子である石船さまは、河内や奈良方面の天空を飛び回る。やがて、大和国から物部川の河口にある上(神)岡山に天降った。そこから香美市野市の富家に行く。更に奥地に進み、東川の地に「石船神社」として鎮座したという。この石船の神は、物部氏の祖であることにより、近くを流れる川を物部川という。物部郷の古代集落ができている。
 奈良県大和郡山市の石船の神を祀る神社(矢田坐久志玉比古神社)を訪ねると、楼門に航空機の大きなプロペラが取り付けてある。毎年9月20日の「航空祭」には、航空関係者が参拝するという。大阪府交野市にも磐船神社がある。それに、石船神社の境内には、桓武天皇の母を祀る天棚機比売大神(あめのたなばたひめのおおかみ)を祀る神社もあり、巨岩の洞穴に祀られている。この神は、水の神としての性格をもっている。
 石船の神も祈雨・海上鎮護の神だといわれ、神に願をかける時、近くの谷川で心身を清めていた。香南平野の水源の森を守っている石船さまは、古代から地元の人々によって篤く信仰されていた。
 交野市から枚方市にかけての天野川沿いには、星に関係する地名や伝説が多い。そのなかで、交野市倉治の機物神社は、タナバタの神を祀っている。「天の川七夕星まつり」などの行事が行われている。
 『交野原と七夕星伝説』などによると、元祖・プレイボーイ在原業平の〈狩りくらしたなばたつめに宿からむ天の川原に我は来にけり〉との歌を紹介している。境内には、紀貫之が〈一年に一度思えど たなばたの逢い見む私の限りなき哉〉と詠じた歌碑もあり、趣深い所であった。
Dscf1534


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