2017年8月13日 (日)

広谷喜十郎の歴史散歩 290


      気象解説の倉嶋氏逝去

 8月になり、迷走台風に振り回され高知県では花火大会や行事が延期や中止になったりした。
 高知市の花火大会・よさこい祭りは、順調に行われた。
 8月5日、NHK気象解説で人気者であった倉嶋さんが93歳で死去されたとの報道に接した。彼は気象台に定年退職まで勤めていた。そして、NHK気象解説者となり、「ニュースセンター9時」で気象現象をわかりやすく解説し、温かみのある説明で多くの人に支持された。
 その後フリーになり、講演活動など、活躍した。一時期、妻の死で体調を崩したが、その著『やまない雨はない』に、記されているようにそれを乗りこえて活躍した。その成果がフランスの国際気象フェスティバルのベストデザイン賞の受賞に繋がった。

 このところの異常気象・北九州の集中豪雨や迷走台風が気がかりで、倉嶋氏の『暮しの気象学』を読んでいたところであった。そのなかに、ズバリ。「異常気象はなぜおこる」、「ゲリラ型災害」、「集中豪雨の正体」、「異常気象とその対策」、「異常気象にどのように備えるか」など、克明に書かれている。
 1984年に出版されたものであるが、2017年の今日にあっても決して色あせていない。民間学者でありながらの書いたものが生き続けている力量に圧倒される。
 倉嶋さんありがとう。ご冥福をお祈りいたします。
 
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2017年7月29日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 289


     徳島県の神山温泉

 毎夏恒例の家屋内の燻蒸をした。
 その間、旅に出た。3本足であるから、息子の介助のおかげを蒙っている。剣山の東側の山麓のみどり豊かな静かな山里で、徳島市の奥座敷といった温泉宿で心身とも癒された。
 その昔、天女が舞い降りてきたとの伝承があり、含重曹食塩泉である。窓からは、こけら葺きの小屋・水車などを配した情景を作り出している。「神山桜」もたくさん植えられて、豊かな緑色の葉が枝垂れている。手入れがなされたことは、葉の状態から推察できる。花のシーズンには、賑わうことであろう。大阪在住の出身者達が寄贈した桜並木もある。
 日帰り温泉も兼ねた浴場とホテル内にも温泉浴場があり、昼間も朝湯も楽しめる。
 夕食は、近辺の山の幸・川の幸、徳島に近いことから海の幸も。季節感のあるおいしい料理をいただいた。鱧のお椀、鮎の天ぷら(老人に優しい調理がされていた)等。スダチが添えられていたのもうれしかった。
 鳴門教育大の学生・阿波踊り部も合宿していた。 
 すぐ近くには、地域の老人達の集まる共同作業場や喫茶室もある。野外研修公園もある。
 気温は高知とほとんど変わらず、エアコンのお世話になっていた。
 昔、剣山へ2度登ったが、懐かしく思うのみである。


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2017年7月21日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 288

    いの町椙本神社に、皇室ゆかりの絹織物

 今春、いの町の会合に出席した。そこで、宮内庁から頂いた絹織物が神社に奉納されたと、聞きそれを拝見した。すぐに、それが皇后さまの工房で製作されたものであろうと察した。
 皇后さまの工房について調べてことがあったので、ここで紹介しておきたい。
 岡本健児先生の『ものがたり考古学』(高知県立歴史民俗資料館)のなかに記述がある。「正倉院に残る土佐の調」に、東大寺「正倉院御物緑絁大幡断片」という織物がある。それに、「土佐国吾川郡桑原郷(略)天平勝宝七歳十月(略)秦勝国方」と記されている。755年に、吾川郡の郡役人である渡来系の秦勝国方が納入したと紹介されている。桑原郷は、高知市春野町弘岡から吾川郡いの町八田辺りである。八田は、秦との字音に通じるもので、すぐ解る。
 2000年5月愛媛県歴史文化博物館で、宮内省正倉院研究所などの主催による「よみがえる正倉院宝物展」が有り、出かけた。
 復元された「土佐国白絁」が展示されていて、驚いた。
 その後、京都国立博物館で、「特別陳列・皇后陛下ご養蚕の小石丸・正倉院裂復元模造の十年」の展示も有り、見学に出かけた。
 そこには、「土佐国調台絁・大幡」(南倉184大幡残欠)とあった。岡本先生が紹介した絹織物の復元品である。
 このように見ると、先頃、椙本神社へ奉納された絹織物は、皇后さまの工房で製作されたものであろう。椙本神社方面は、古代の大野郷であり、この時期東大寺の支配下にあった記録がある。


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Dscf4421付録、以前紹介した「ホルトの木」の花が咲き出した。下の写真


2017年7月 8日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 287

    九州豪雨

 このところ北九州方面の豪雨に心が痛む。記録的な豪雨で被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。

 大分県日田市や福岡県朝倉市はかつて取材に訪れた場所である。『日本書紀』によると、朝倉市は、斉明天皇が朝鮮へ行く途中逝去された地である。高知市朝倉の朝倉神社はこの斉明天皇を祀っている。それで、その地を訪れ参詣した。天皇が逝去された折に、赤鬼が出現したとの記述がある。
 高知市でも神社の裏手には、赤鬼山があり、聖地になっている。
 福岡県の朝倉市には、筑後川の支流の川沿いであり、3連水車などあり懐かしい思い出である。道に迷い困っていたら、この地の酒造メーカーのオーナーさんと出会い助けられた。そして、3連水車も案内してもらった。懐かしい思い出である。
 なお、斉明天皇が瀬戸内海を通り、愛媛県の松山近くで休息した地が有り、そこも朝倉になっている。

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2017年7月 1日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 286

    夏越の祓え・輪抜けさま

 妻が孫の浴衣のサイズを調べていると、これを着たいと言い出した。輪抜けさまに行こうかね。と、いうことになった。
 待ちかねていた6月30日、孫は輪抜けさま参りに出かけた。彼女に取っては、浴衣も晴れ着である。お天気も雨が落ちてこないだけ、上々であった。近くの朝倉神社までバスで行った。ルンルン気分である。
 神社の境内に、大きな茅で輪をつくり,そこをくぐると罪穢(つみけがれ)が祓われ,無事暑い夏が越せるというものである。が、茅では無く2~3mにもなる葦の葉が使われている。孫が「この葉っぱは何?」と、触ってみる。初めて、二礼二拍手のお参り作法を学習した。
 門前からずらりと露天市が並んでいる。何処も御馴染みの神戸牛タン串からウナギつかみ取り等。孫は行く前から、ワタアメ一直線。大事に大事に袋に入ったワタアメを抱えて帰って来た。
 上半期の晦日も終った。

最後の写真は夏越しの祓の菓子「水無月」


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2017年6月20日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 285


   浦戸の日和山

 先日、高知市桂浜の龍馬記念館で運営委員会があり、出席した。この場所は、かつて戦国武将・長宗我部元親の居城であった浦戸城の一角である。
 梅雨に入り、天気の変化が気がかりな季節である。この天守の頂上部は、昔の天気予報をしていた天文台跡である。江戸時代に、描かれた『浦戸湾絵図』を見ると、ここは「日和山」とか「燈明台」と記載されている。この山の麓には、「日和見」という人々が住んでいた。彼等は、朝早くこの山に登り、その日の天気の前兆を示す雲の動きなどから天気を判断した。そして、提灯・幟等を掲げ、住民に知らせていた。
 対岸の種崎地区にも日和山があったことは、古地図で確認されている。
 この天気予報の的中率が、月の半分以上であれば、「日和見巧者」と呼ばれていた。7割以上あてた記録が確認されている。


 
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2017年6月 5日 (月)

広谷喜十郎の歴史散歩 284

   高知市の上水道

 私たち高知市民に、水道水を供給している旭天神町の浄水場が「異国情緒」の雰囲気そのままにリニューアルされたと、新聞報道で知り訪ねてみた。
 大正14年4月に完成した建物は、レンガ造りのポンプ塔や六角塔の本館など、当時としてはモダンな洋風建築で大きな話題を呼んだという。
 戦時中は、空襲から守るためコールタール等で黒く塗りカムフラージュされていたと云う。
 戦後昭和22年に江ノ口小学校に入学した妻は、見学に行ったと思うが記憶がない。江ノ口変電所の壁がぐちゃくちゃに黒く塗られていたことを思うと、同様であったろうと。数年前にいった室戸岬の灯台も同様であったから。 

 約400年前高知城下町が成立した折、鏡川に廊中堰を設け、上町に水路を通している。この水路は、現在も残っている。この辺りに、水通町という町が設けられた。
 下町方面は、江ノ口川の水を生活用水として利用していた。飲料水の問題を解決するために、約200年前に町奉行・馬詰親音が井戸を深堀する技術を近江の国から導入している。
 近代になり、大正10年には江ノ口地区に簡易水道が完成している。これが旭浄水場建設に繋がって行く。
 そして今、朝倉の針木上水場が設けられ、日本一の水質を誇る仁淀川からの水も取り入れられている。

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下は、隣の旭天神山公園から見た浄水場全景

2017年5月26日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 号外

 
 メジロは、25日に巣立ちました。なんだか寂しくなりました。

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2017年5月22日 (月)

広谷喜十郎の歴史散歩 283


     虫めづる姫君??

 孫の通う幼稚園では、自然とのふれ合いを大切にしている。「すくすくの森」を持ち、園庭に小さいながらも田圃がある。「しろかきをした」、「田植えをした」と、体験を報告してくれる。浦ノ内湾の浅瀬で海の生き物にも触れる体験にも行ったようだ。

 5月初旬の雨で我が家の庭は、急速にジャングル化してしまった。手入れをお願いしたら、蜂の巣・メジロの巣が現われた。庭師さんが孫さんにとそれをそっと取置いてくれた。
 蜂の巣は、殺虫剤で蜂の殺処分をしてもらったので、幼稚園へ届けた。先生が調べ、幼虫が生きているからとケースに入れて観察教材にされている。
 調べてみると、コダカスズメバチで、巣の形はとっくりをさかさまにしたような、細長い先端が下についたかたちをしている。造形作家の作品のようである。
 もう一つ、金明竹に「メジロ」が巣を作り、子育てを始めた。これも庭師さんがお孫さんにと、保護してくれた。
 孫がご挨拶をし、人との付き合いをするからのことであろう。人は1人では生きて行けない。他人と交わることを徐々に学んで欲しいと、願っている。

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2017年5月17日 (水)

広谷喜十郎の歴史散歩 282

     平尾道雄先生と現代

 昨5月15日に「平尾学術奨励賞」の贈呈式が行われた。選考委員として出席した。この賞は、1979年に逝去された平尾道雄先生を記念して創設された。歴史・考古・民俗分野で優れた成果をあげた県内の研究の研究者を表彰している。大学で専門的に研究している先生方を除外しているのが、特色である。私も第2回目に受賞した。
 今年は、第38回目になる。2人の研究者が選ばれた。平尾先生の精神が現在にまで、生き続けていることを実感する。
 最近は、歴史の面白さを強調した観光宣伝が多くなった。それには、歴史の研究が十分になされた上で、裏付けの積み重ねがなされることが重要である。
 平尾先生の遺志を受け継いでいく研究者が育ってもらいたいものである。
 会が終り外に出ると、南の空に虹と何か不思議な現象!!  
 16日付の新聞によると、「環水平アーク」(虹)と太陽の暈(ハロ現象)だそうだ
 お茶目なところもある平尾先生だったから、様子を見に来たのかな。とも、思った。

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