広谷喜十郎の歴史散歩 23
猫神様の変遷
古代エジプトの歴史書によると、猫の家畜としての歴史は、約五千年前に始まるという。
ピラミッド時代の女神・バスト信仰と猫が結びつき〈バストは夜の蛇の番人で猫もまた蛇を退治してくれる(略)また猫はよく子を産むことから豊作・繁栄のシンボル〉(『猫まるごと雑学事典』光文社)として神格化されていた。
平成22年1月26日付『高知新聞』に〈アレクサンドリア神殿から古代エジプト・プトレマイオス3世(紀元前246~同221年)時代と見られる猫の姿をした女・「パテスト」の像が発掘された〉と写真入りで紹介している。
古代エジプト滅亡後、ネズミを捕らえる特技から、普通の家畜として中国へは5世紀初頭にインドから移入したと言われる。6世紀頃には、日本へ仏教と共に来たと推測されている。
また、『続々日本史こぼれ話』(山川出版社)には、猫の飼い方の変化について、〈猫は中世までは(略)首綱につないで飼うのが原則だった〉と述べられている。
ところが江戸時代になり、各地で都市生活が発展してくると、ネズミが大繁殖してきたので、ネズミを捕まえるため、猫の放し飼いが一般化する。
養蚕業の発展に伴い養蚕農家が増加する。蚕の大敵・ネズミ退治用に、猫が必要とされた。『日本石仏図典』(国書刊行会)の「猫」の条に、〈長野県の山裾一帯の村々は、養蚕地帯であった。蚕を大敵の鼠からまもるために、猫神に願いを託し、祈ることであった〉とある。
拓本研究家の岡村庄造氏から、土佐町地蔵寺の地蔵堂の「猫像」の拓本写真を頂いたことがある。 高知県の『三原村文化財』の「猫神様」には〈三軒屋遺跡から五十メートルばかり入った山裾の椎の古木の元に猫神さまという猫の石像を祀った祠がある〉という。
その由来は、中世末に、椿姫が行方不明になり、愛猫があちこち探し回るが見当らず、弱り果てた姿で御所近くまで帰って来て、息絶えた。地元民は哀れに思い、祠を建てたと伝えられている。〈この猫神さまは、気管や胸の病気やこどものくつびき(小児喘息)になるとお数多く参拝に訪れるという。その小祠には、たくさんの猫像が奉納されている。その信仰の根強さがうかがえる。
須崎市箕越地区にある「猫神社」は有名で、〈諸病、特に婦人の病や脳病に顕著な御利益〉や商売繁盛にも霊験があるという。
最近では、招き猫が開運招福・千客万来・商売繁盛をもたらす縁起物としてよく 見かける。白猫は「福を招く」・黒猫は「病を除く」・金色は「運を開く」・左手を上げたものは客を招き、右手を挙げたものは銭を招くなど、言われている。
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